分野概要
肥満を基盤とした糖尿病、高脂血症などの生活習慣病は、動脈硬化症を進める主要な要因となる。生活習慣病の発症や進展には、マクロファージなどの免疫細胞が重要な役割を担う。また、加齢に伴う骨格筋の質的 · 量的減少と定義される「サルコペニア」が、生活習慣病の背景として重要であることが最近注目されている。当分野では、 ①マクロファージを中心とした慢性炎症の分子機構 ②サルコペニアに関連した骨格筋の修復 · 再生のメカニズムを明らかにすることを主たる研究の目的としている。これらの研究を通じて、生活習慣病の発症や進展を防ぐ予防 · 治療法の開発を目指す。
研究活動
- 1. 慢性炎症におけるマクロファージの機能とその制御機構
- 2.骨格筋の修復 · 再生のメカニズムに関する研究
肥満や糖尿病、動脈硬化症や発癌の基盤となる病態として、慢性炎症が重要である。慢性炎症は、内外の刺激によって惹起された炎症反応が適切に収束せず、軽度の炎症が遷延した状態である。肥満した個体の脂肪組織や、動脈硬化の病巣では共通してマクロファージの浸潤を伴う慢性炎症の所見が観察され、慢性炎症の病態形成にマクロファージが重要な役割を果たすことが近年、明らかとなっている。マクロファージは多彩な機能をもち、外的/内因性の刺激によって活性化されて炎症を促進するのみならず、積極的に炎症を収束する。私たちは、このようなマクロファージの多彩な機能が、細胞代謝と密接に関連して制御されることを見出した。すなわち、マクロファージが炎症刺激を受けると、炎症応答の初期には解糖系が優位となって炎症を進めるが、炎症応答の後期には脂質代謝を亢進させて炎症収束形質を示す。細胞内脂質の定量解析(リピドミクス)ならびに遺伝子発現解析の結果、マクロファージは炎症応答の後期に抗炎症性不飽和脂肪酸(ω-3, ω-9)の合成を増加させ、自律的に炎症収束形質へと変化した。さらに、その分子メカニズムをクロマチン免疫沈降-高速シークエンス法 (ChIP-seq)、Global run-on (GRO)-seqならびに RNA-seqを組み合わせてグローバルに解析した。その結果、マクロファージの自律的な形質の転換には、炎症刺激によるNFkBの活性化とLiver X receptor (LXR)機能の一過性の抑制、ならびに炎症後期におけるsterol regulatory element binding protein (SREBP)の活性化を含む転写因子ネットワークによる制御と同時に、エピゲノム変化が重要であることを見いだした。
このように、マクロファージの主要な細胞機能としての免疫応答は、細胞内脂質代謝と密接に連携している。肥満や生活習慣病の病態においては、個体レベルでの代謝変動に起因した免疫系の変動により、免疫系を構成するマクロファージの細胞内代謝が変動し、刺激に対する応答性が変化して炎症が慢性化するのではないかと想定される。現在は、細胞代謝を是正し、マクロファージ機能を正常化する抗生活習慣病治療 · 予防法の開発を目指して、研究を行っている。
サルコペニアは、加齢に伴う骨格筋の量的 · 質的低下と定義される。糖尿病をはじめとした生活習慣病が発症する背景には、サルコペニアが重要である。骨格筋は修復 · 再生能の高い臓器である。骨格筋の修復や再生を司るのは、骨格筋幹細胞である筋衛星細胞である。通常、静止状態にある筋衛星細胞は筋損傷後に活性化されて筋線維への分化をすすめる一方、一部の筋衛星細胞は多分化能を維持したまま静止状態に戻る。私たちは筋修復 · 再生に重要な新しい因子として、Klf5を同定した。Klf5は内外のストレスにより誘導され、ES細胞の未分化能の維持にも重要なZn フィンガー型の転写因子である。
筋修復の過程において、Klf5は分化途上の幼弱な筋線維に一過性に高発現していた。また、筋衛星細胞特異的にKlf5をノックアウトしたマウス(Pax3-Cre:Klf5flox/flox)では筋損傷後の修復が著明に遅延した。分子生物学的検討の結果、Klf5は骨格筋分化のマスター制御因子であるMyoDと直接相互作用し、Myogeninに代表される成熟した骨格筋のマーカー遺伝子の多くの発現を誘導することを見いだした。すなわち、Klf5は筋衛星細胞の機能維持と筋線維への正常な分化に必須である。
さらに、興味深いことに筋損傷後の修復には筋衛星細胞とマクロファージの相互作用が必須である。今後は、筋衛星細胞-マクロファージの相互作用の観点から、サルコペニアの病態解明と治療 · 予防法の開発へと研究を展開してゆきたい。
教育活動
生命理工学博士課程 疾患生命特論
医歯理工学修士課程 細胞生物学特論
歯学部2年生対象 「生命の分子的基盤」(講義、実習)