フロンティア研究室 低酸素生物学

Frontier Laboratory Hypoxia Biology

分野紹介

メンバー

准教授
中山 恒
助 教
與那城 亮
准教授 中山 恒

研究内容

私たちの研究室では、外界の酸素濃度の変化が、生体内でどのように検知されて、どのように作用しているのかを研究しています。高山や体内の微細環境は、酸素濃度の低いかんきょう(低酸素環境)にあります。個体や、細胞は低酸素環境にさらされると、その変化を素早く感知し、呼吸・代謝をはじめとする様々な生理応答を調節して、その環境に適応します(低酸素応答)。こうして低酸素環境下においても恒常性が維持されます。一方で、がん、虚血性の疾患、免疫疾患などの病気でも低酸素応答が認められ、その病態に密接に関与しています。私たちは、低酸素応答の分子レベルでの解析を通して、がん治療再生医療に貢献することをめざしています。

研究紹介

  1. 1.低酸素コンプレックスを介した細胞内エネルギー代謝機構の解析
  2. Hypoxia-Inducible Factor (HIF)-αは低酸素応答において中心的な役割を担う転写因子です。プロリン水酸化酵素PHDはHIF-αのプロリン残基を水酸化することで、ユビキチン化を介した分解を促進して、HIF-αの発現を負に制御します。本研究室では主にPHDに着目して、低酸素応答のシグナル伝達機構の解析を進めています。PHDには1、2、3の三種類が存在しており、共通に HIF-αの水酸化に働く一方で、それぞれに独自の働きを持つことが示唆されています。しかしながら、まだ各PHDの独自の働きには明らかになっていないことが多く、私たちはこの課題にPHD3に着目して取り組んでいます。
    PHD3は低酸素環境に応答して、大きなタンパク質複合体を形成します(図1)。この複合体中には細胞内の酸素濃度変化を感知する分子「酸素センサー」が含まれていると考えられます。そこでプロテオミクス解析を用いて、複合体を構成するタンパク質を網羅的に同定して、酸素センサー分子の同定を試みています。これまでに、この複合体の構成分子としてピルビン酸脱水素酵素(PDH)を同定しました。PDHはピルビン酸をアセチルCoAへと変換する酵素であり、エネルギー代謝経路において解糖系とTCA回路を結びつける役割を担います。PHD3は、低酸素下でPDHと結合することによりPDH複合体の安定性を保持し、PDH活性を正に制御する分子であることを明らかにしました。低酸素下では、PDHの活性は減少していきますが、PHD3との結合は強くなります。したがって、PHD3は低酸素下でのPDH活性をfine-tuningして、解糖系とTCA回路のバランスを調節することで、低酸素の程度に応じた効率的なエネルギー産生ができるように働いていると考えられます。今後、PHD3を高発現するなどの方法でがん細胞内のPDH活性を高めて、がんの解糖系に高度に依存した状態を解消することを試み、新たながん抑制法に結びつけることをめざしていきたいと思います。また、引き続き、複合体構成分子の機能解析を進めて、細胞内酸素センサー機構の解明をめざします(図1)。

  3. 2.慢性期低酸素応答を制御する新しい分子機構:CREB と ER ストレス応答経路の相互作用
  4. がんが存在する微小環境は低酸素・低栄養・低グルコースであり、そのような環境に慢性的にさらされているがん細胞はERストレスシグナルが活性化されています。私たちは慢性的な低酸素環境でCREB、NF-κBが活性化されることを見出したことから、まずCREBに着目してERストレス応答との関係を解析しました。その結果、CREBはがん細胞がERストレスにさらされることで活性化されることを新たに明らかにしました。さらに、CREB をノックダウンした細胞では、ERストレス応答経路の中心分子PERK, IRE1αの発現が低下して、ERストレス応答が顕著に抑制されていました。がんにおけるERストレス応答経路の活性化は、がんの生存維持に働くばかりでなく、上皮間葉転換を引き起こしたり、血管新生を促したりすることで、がん転移を促進することが報告されています。
    そこで、CREBノックダウン細胞をマウスに移植したところ、肺への転移が有意に減少することが明らかになりました。この細胞では、低酸素下でCREBによって誘導される細胞外マトリックス構築や血管新生に関わる遺伝子群が低下しており、その結果として、肺転移が減少したと考えられます。CREBは、慢性期低酸素で活性化されてその標的遺伝子の発現を制御することに加えて、ERストレス経路の増強にも働くことで、がん細胞の転移能を亢進していると考えられます(図2)。今後は、CREBをがんにおける慢性期の低酸素応答・ERストレス応答経路の両経路を抑制するための主要な標的と捉えて、その活性を阻害することによるがん抑制効果を検証していきたいと考えています。

ハイライト

難病基盤・応用研究プロジェクト
「難治低酸素性乳がんのエピジェネティック制御による悪性化機構の解明」
国内における乳がん患者の数は年々増加しており、乳がんの病態を明らかにして、新しい治療法や診断法の開発に結びつけることは重要な課題です。私たちは、これまでにがんにおける急性期・慢性期の低酸素応答の分子機構の解析を進めて、新たな転写や代謝制御機構を明らかにしてきました。本プロジェクトでは、これまでの研究成果を基に、新たに低酸素性乳がんにおけるエピジェネテ ィクス制御の分子機構に迫ります。現在、低酸素応答に重要な働きをすることが明らかになってきた2-oxoglutarate dependent dioxygenase(2-OG)酵素の一つ、TETの解析を進めています。TETは DNAを脱メチル化する酵素であり、エピジェネティック制御を介して遺伝子発現を調節します。乳がん組織には低酸素部位が形成されますし、悪性度の高い乳がんはメチル化レベルが亢進していることも判明していますが、低酸素とメチル化の関連は明らかではありません。本研究により、これまでに別個に研究されてきた「乳がんと低酸素」、「乳がんとDNAメチル化(エピジェネティクス)」という二つの領域を統合させ、「腫瘍低酸素エピジェネティクス」と呼ぶことのできる新たな医学研究領域へと発展させたいと考えています(図3)。また、本プロジェクトで新たに同定した低酸素応答性遺伝子の乳がんバイオマーカーとしての有用性を検証して、新しい診断法に結びつくような基盤技術の創出を大きな目標としています。

  • 低酸素生物学研究活動写真1